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GCTの意義
投稿者: little-K 投稿日時: 2008-9-30 15:26
昨日、東京まで優良家庭犬普及協会のジャッジ研修会に行ってきました。

前回のGCTでのクレームや質問についてみんなで話し合いをしました。

研修会の後に理事会を控えてたのもあって、理事の方が一緒に参加して下さっていたのでとても有意義なものになりました。

また、問題点をみんなで意見を出し合って話ができてとてもよかったです。


しかし、いろいろな質問について話をしたり、クレームについて話していても私の頭の中から抜けない思いがありました。


ジャッジをするのはとても責任の重いことですから、自分に明確な定義や意識がなければなりません。

ある研修参加者から「一生懸命にがんばってきた人に不合格ですと言うのは冷たすぎる気がして、つい受からせてあげたいと思ってしまうんです。」との言葉を聞いて、私も同じように思うことがあると思ってしまいました。


しかし、ベテランのジャッジの人から「心情的になることは人間だからしかたないけれども本当にそれでいいのかを考えなければいけない」の言葉が自分の中の迷いの答えだと思えました。


明確にきちんとした判断基準を持っていなければ正しい判定はできない。
感情に流されてしまっていたら不明確できちんとした判断ができないと教えられた気がしました。


クレームや問題点も不合格になった人は、感情的にいろいろなことを言いたくなるのだから出てきて当たり前であると思いました。

その中から誤解を生んでいるもの、対処を考えなければならないものをみんなで考えることはとても重要だと思いました。


そして、何よりも受験する人たちにこのテストの意義を正しく理解してもらえるような指導をしなければと強く思いました。

テストに受かるためにごまかしをするのではなく、テストを受験するごとに問題点を見つけて、犬と一緒に解決するためにトレーニングする。

そしてまたチャレンジすることの大切さをきちんと伝えておかねければならないと思いました。


ただ、その場しのぎをするような、ジャッジをごまかすことや犬の問題点を隠すようなことにしのぎを削ることではなく、真摯に問題点に対して解決策を考えることのできる飼い主さんたちになってもらえるように指導することの重要性を改めて感じました。


そして、GCTはあくまでも評価の場であることをもう1度意識しました。
先輩ジャッジから指導と判定は別物であると意識して審査に望まねばならないと教えられました。

なぜ受けるのか、その目的を間違った方向に向けないように指導することが大切なのだと思いました。


自分のトレーニングの有り方を模索するためにテストがあると思えるように私も情報や指導をしようと思っています。

この秋受験なさるみなさん、がんばってね!