Re: 私がシーザー・ミランに凝っている訳
Re: 私がシーザー・ミランに凝っている訳 by little-K
ルイママさん
お返事が遅くなってすみません。
自分で決めたサマープライベートですが、これがなかなか大変です。
みなさん、とてもホームでの犬とのやり取りに悩んでおられて、それを客観的に見て、犬の気持ちとのずれを説明し、修正していく作業が続いています。
そういう意味でもお散歩は、とても重要な作業なんだと今更ながらに思っている私です。
ですから、お散歩で悩んでいる飼い主さんたちの力になれるように、暑さなんか吹っ飛ばして(夜寝る前にビタミン剤飲んで)がんばっていますが、8時ごろになると猛烈に眠くなります。
今、犬たちに野菜をきざんでドッグフードを減らしながらダイエット職にしようとがんばっているので、その野菜きざみが内職になってます。
眠い目をこすりながら野菜をきざんだり、電子レンジでチンしたりして、さめるまで待って冷蔵庫に入れるのに、待ってる間にリクライニングチェアーで寝てしまって、目が覚めると午前2時だったりするんです。
言い訳ばっかりですみません。
辛い思い出をみなさんのためにお話下さって感謝します。
犬やその飼い主を救いたいと思う人のモチベーションは、やはり辛い経験や記憶にあると私は思っています。
ルイママさんもご自分が抱えている辛い経験があるからこそ、不幸な犬不幸な飼い主のために努力できておられるのだと思っています。
私も何度も自分の無力さ、非力さに唇を噛み締めて自分を呪ったことでしょう。
そんな人を理解できるのは、同じような経験を持っている人か、そんな人の心の傷を理解できる人だけなのです。
今までの動物業界での接触の中でそれを理解できて、心の痛みを共有できたのは数えるほどの人しかいません。
基本的に私は人を信用していません。
昔の仕事の経験からなのかわかりませんが、動物の言葉は信用できると思っています。
それは、感情が溢れているからかも知れません。
誰に対しても動物たちは感情エネルギーをフル活用して語りかけてきます。
その中に名誉やお金などの欲はありません。
今、目の前にあるもの、ことのために動物たちは命を賭けてくるのだと思います。
そんな真摯な生き方を私たち人間はとっくの昔に捨て去ったのかも知れませんね。
本当の意味で戦う相手は自分自身かも知れません。
私も動物たちに対するひどい仕打ちや、私に対する誹謗中傷に傷つくこともありますが、どんなことも自分自身に対する修行であったり、課題であると思うようにしています。
母のいなくなった家での一人暮らしも犬たちとのやり取りも、生徒さんたちとの絶え間ない攻防戦も全てが自分のために神様から与えられた試練であり、課題なのだと自分に言い聞かせて、自分を強く持って、穏やかで毅然と当たるように心がけています。
人の心の中のそんな弱い部分も必ず克服できると私自身がみせてこそ説得力があるのだと、私を怖がって、自分の殻に閉じこもってしまった人たちに伝えたいのかも知れません。
友人の行政獣医さんにも「あなたはキツイからなぁ〜。」と言われます。
ルイママさんも私の言葉で泣いた一人ですよね。
でも、私はきつい言葉の中に込めている相手への深い愛情をいつか必ず理解してもらえると信じているのです。
ルイママさんは理解してくれましたよね。
今年の夏、マザー・テレサの生誕100年なのだそうです。
先日、マザー・テレサの映画を3本続けて見ました。
彼女の言葉の中に「大切なのは、どんなに偉大なことをするかとか、どんな内容なのかではないのです。どんなこともどれだけ愛を込めてできるかなのです。」とありました。
私は、マザー・テレサを心から敬愛しております。
マザー・テレサの言葉は、私に今のままでいいのだと教えてくれていました。
どんな時もそれを忘れないでいたいと思います。
また、泣かせるかも知れないけど、穏やかで毅然と付き合って下さいませ。
お返事が遅くなってすみません。
自分で決めたサマープライベートですが、これがなかなか大変です。
みなさん、とてもホームでの犬とのやり取りに悩んでおられて、それを客観的に見て、犬の気持ちとのずれを説明し、修正していく作業が続いています。
そういう意味でもお散歩は、とても重要な作業なんだと今更ながらに思っている私です。
ですから、お散歩で悩んでいる飼い主さんたちの力になれるように、暑さなんか吹っ飛ばして(夜寝る前にビタミン剤飲んで)がんばっていますが、8時ごろになると猛烈に眠くなります。
今、犬たちに野菜をきざんでドッグフードを減らしながらダイエット職にしようとがんばっているので、その野菜きざみが内職になってます。
眠い目をこすりながら野菜をきざんだり、電子レンジでチンしたりして、さめるまで待って冷蔵庫に入れるのに、待ってる間にリクライニングチェアーで寝てしまって、目が覚めると午前2時だったりするんです。
言い訳ばっかりですみません。
辛い思い出をみなさんのためにお話下さって感謝します。
犬やその飼い主を救いたいと思う人のモチベーションは、やはり辛い経験や記憶にあると私は思っています。
ルイママさんもご自分が抱えている辛い経験があるからこそ、不幸な犬不幸な飼い主のために努力できておられるのだと思っています。
私も何度も自分の無力さ、非力さに唇を噛み締めて自分を呪ったことでしょう。
そんな人を理解できるのは、同じような経験を持っている人か、そんな人の心の傷を理解できる人だけなのです。
今までの動物業界での接触の中でそれを理解できて、心の痛みを共有できたのは数えるほどの人しかいません。
基本的に私は人を信用していません。
昔の仕事の経験からなのかわかりませんが、動物の言葉は信用できると思っています。
それは、感情が溢れているからかも知れません。
誰に対しても動物たちは感情エネルギーをフル活用して語りかけてきます。
その中に名誉やお金などの欲はありません。
今、目の前にあるもの、ことのために動物たちは命を賭けてくるのだと思います。
そんな真摯な生き方を私たち人間はとっくの昔に捨て去ったのかも知れませんね。
本当の意味で戦う相手は自分自身かも知れません。
私も動物たちに対するひどい仕打ちや、私に対する誹謗中傷に傷つくこともありますが、どんなことも自分自身に対する修行であったり、課題であると思うようにしています。
母のいなくなった家での一人暮らしも犬たちとのやり取りも、生徒さんたちとの絶え間ない攻防戦も全てが自分のために神様から与えられた試練であり、課題なのだと自分に言い聞かせて、自分を強く持って、穏やかで毅然と当たるように心がけています。
人の心の中のそんな弱い部分も必ず克服できると私自身がみせてこそ説得力があるのだと、私を怖がって、自分の殻に閉じこもってしまった人たちに伝えたいのかも知れません。
友人の行政獣医さんにも「あなたはキツイからなぁ〜。」と言われます。
ルイママさんも私の言葉で泣いた一人ですよね。
でも、私はきつい言葉の中に込めている相手への深い愛情をいつか必ず理解してもらえると信じているのです。
ルイママさんは理解してくれましたよね。
今年の夏、マザー・テレサの生誕100年なのだそうです。
先日、マザー・テレサの映画を3本続けて見ました。
彼女の言葉の中に「大切なのは、どんなに偉大なことをするかとか、どんな内容なのかではないのです。どんなこともどれだけ愛を込めてできるかなのです。」とありました。
私は、マザー・テレサを心から敬愛しております。
マザー・テレサの言葉は、私に今のままでいいのだと教えてくれていました。
どんな時もそれを忘れないでいたいと思います。
また、泣かせるかも知れないけど、穏やかで毅然と付き合って下さいませ。
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私がシーザー・ミランに凝っている訳
(little-K, 2010-8-5 12:22)
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Re: 私がシーザー・ミランに凝っている訳
(ルイママ@ゴールデン, 2010-8-6 6:44)
- あらら (ルイママ@ゴールデン, 2010-8-6 6:47)
- Re: 私がシーザー・ミランに凝っている訳 (little-K, 2010-8-13 12:09)
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Re: 私がシーザー・ミランに凝っている訳
(ルイママ@ゴールデン, 2010-8-6 6:44)