愛ちゃんは、とっても元気なゴールデンの女の子です。
田村さんの家族は、お父さんとお母さん、そして2人の姉妹の4人家族です。
田村さんのお母さんは、とても犬に教育熱心でした。
確かに大型犬の愛ちゃんは、その大きな体全体で喜びを表現するようなワンコですから、家族のみんなは、散歩でも家でも体当たりや飛びつきに悩まされていました。
困り果てたお母さんは、犬友だちに相談しました。
犬友だちは、愛ちゃんのためにも近くの公園でやっているしつけ教室に行くことを勧めてくれました。
実は、その犬友だちもラブラドールの女の子を飼っていて、愛ちゃんと同じくらい元気の良い子なので困っていたので、その教室に参加しているところでした。
娘さんたちとおてんば愛ちゃんとみんなで教室に通うことになりました。
田村さんも娘さんたちも熱心に、一生懸命に愛ちゃんと良い関係作りに、そしてコントロールの勉強を重ねて行きました。
しかし、一筋縄ではいきません。
どんなにがんばっても、なかなか愛ちゃんは言うことをきいてくれません。
それどころか、自分たちよりも教室で教えてくれている先生の方が大好きだと言わんばかりに全身で喜びを表しながら先生にまとわりつくのです。
そんな愛ちゃんを見ていて、情けないやら、うらやましいやらで、田村さんは娘さんたちと「きっと先生よりも愛ちゃんに好かれてみせる!」と誓い、さらに教室での勉強に励むようになりました。
気がつけば、教室の古顔になっていました。
愛ちゃんも成長し、今までよりもずっとおとなしく、そしてよく言うことをきいてくれるようになりました。
それでも、先生にはぞっこんで、最初に会った時と同じように全身で喜びを表していましたが、今ではそれを見ることも田村さんの楽しみになっていました。
娘さんも、素敵な相手を見つけて結婚し、田村さんにはお孫さんまで授かり幸せの日々が続いていました。
そして、だんだん年老いていく愛ちゃんに「このまま穏やかに時間が過ぎますように」と祈るように過ごしていたある日、愛ちゃんが散歩中に溝に落ちて足を骨折してしまいました。
「どんくさいって思ってたけど、こんなことになるなんて・・・」
驚きと不安が幸せな日々の中でかすかに存在していましたが、今、大きな姿を現してきたように思えてなりませんでした。
あれだけ楽しみにしていたしつけ教室もお休みをしなければならなくなりました。
先生や犬友だちに会える楽しみもなくなり、ただ愛ちゃんの回復だけを祈って過ごす日々に胸の中にあった不安は大きくなるばかりでした。
やっと復帰できたと思った矢先に獣医師から「足に悪性腫瘍があります。残念ながら後ろ足の根元から切断しなければなりません。」と告げられました。
4本の足で歩く生き物が、たとえ1本だけとはいえ、なくせば歩けなくなるのではないか?、そんな風になっても愛ちゃんは幸せでいられるのだろうか?
田村さんは、けなげにも自分を見てシッポを振ってくれる愛ちゃんを優しく撫でながら自問自答していました。
獣医さんは、「大丈夫ですよ。犬は強い生き物ですからね。それよりも腫瘍を摘出しないと命にかかわるのですから。」と田村さんに言いました。
手術は無事に終了し、愛ちゃんは難しい手術を乗り越えて田村さんのところに帰ってきました。
足は3本になっても、前の愛ちゃんとなんら変わりはありませんでした。
相変わらず甘えん坊で陽気で明るい太陽のような笑顔をふりまいてくれていました。
犬は、自分の体がどんなになっても落ち込んだり、悲しんだりしないと、しつけ教室の先生から言われていたけれども、愛ちゃんの様子を見ているとホントに前となんら変わりなくしていました。
しかし、バランスを取るのが難しいらしく、いつものように元気に走り回ることはできなくなっていました。
「あれ?おかしいなぁ?なんかうまく歩けないや。」と不思議な顔を田村さんに向けていました。
支えてやらなければ歩くこともままならなくても、愛ちゃんはいつものようにお散歩を楽しんでいるようでした。
「元気になったら教室にもどらなきゃ!」と田村さんは愛ちゃんを連れて教室に行くことを決心しました。
「だって愛ちゃんの大好きな先生と仲間がいるところに連れて行ってあげなきゃ!」
田村さんは、レッスンに参加できなくてもみんなに会わせたいと愛ちゃんを連れて教室にやってきました。
教室のみんなは、田村さんと愛ちゃんを暖かく迎えてくれました。
教室のみんなにとっても田村さんと愛ちゃんのがんばりは心の支えになっていました。
みんなで「がんばれ!愛ちゃん。がんばれ!田村さん」と心の中でエールを送っていました。
しかし、愛ちゃんの様子はどんどん悪くなる一方でした。
田村さんは、愛ちゃんのために大型犬用の手押し車を買い、それに愛ちゃんを乗せてしつけ教室の犬友だちに会いに行きました。
みんなはいつも優しく迎えてくれ、そして先生からはおいしい差し入れをもらって、愛ちゃんはとても幸せそうな顔をしていました。
でも、だんだんとやつれていく愛ちゃんは「さよならをする時が、そんなに遠くないのだ」と告げているようでした。
それでも田村さんは希望を失ってはいませんでした。
それは天真爛漫な愛ちゃんから教えてもらった大切なドッグズライフでした。
「どんな時でも希望を持って、楽しく」
それは愛ちゃんから教えられた生き方のコツでした。
だから、誰もが悲観するような状態の中で、犬用の車椅子を購入したのです。
田村さんは、愛ちゃんを自分の力で歩かせてあげたいと思ったのでした。
もう、あまり時間は残っていませんでした。
でも、愛ちゃんは田村さんのおかげで長い間自分で歩くことができなかったのですが、車椅子を使って自分で歩くことができました。
田村さんと愛ちゃんの心がひとつになりました。
愛ちゃんは車椅子にたった2回しか乗れませんでしたが、それでも最後の最後に自分で動く力を田村さんの理解と愛のおかげで手に入れることができたのです。
最後の力を振り絞ったのか、それとも満足したのか、愛ちゃんは天国へ旅立ちました。
やつれ果てた愛犬にどうして車椅子を用意したのか?と疑問に思う人がいるかも知れません。
飼い主の自己満足に過ぎないと思う人がいるかも知れません。
でも、きっと愛ちゃんは幸せだったと思います。
こんなに自分の気持ちを理解してもらえて、そしてそのために努力してくれるなんて、よっぽど自分は愛されていたと思っていたと思います。
そして、飼い主からもっと愛されたいと望んでも、なかなか愛してもらえない、理解してもらえない不幸な自分の仲間が多い中で、いろいろと辛いこともあったけど、幸せだったと先に逝っている仲間に話して自慢しているのかも知れません。
田村さんがまだ愛ちゃんの死を受け入れられずに悲しんでいる今も、愛ちゃんは宙(そら)を昔のように元気に走り回っているだと思わずにいられません。